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狩人の夜
狩人の夜 (JUGEMレビュー »)
ロバート・ミッチャム
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Ninth

日々観た映画についての記録と備忘録
ヌードの夜 1993日本





「ヌードの夜」1993日本

■Story

「なんでも代行屋」を営む中年男のもとに、ある日「東京の流行の場所を案内してほしい」と謎めいた美女が訪ねてくる。彼はいぶかしがりながらも1日ガイドを務める。仕事後電話に吹きこまれた伝言から、翌日再び女のホテルへと出向くと、そこには血まみれの男の死体が残されていた。

薄幸な女とその女に魅せられ堕ちていく男の哀しい愛の形を描いた、石井隆監督おなじみ「名美と村木」の物語だ。「名美」のイメージにぴったりな余貴美子を始め、「村木」の竹中直人、酷薄なヤクザの根津甚八、獣じみた凶暴さが強烈な椎名桔平と、なによりその絶妙なキャスティングに目を見はる。留守番電話やドライアイスなど小道具の生かし方も心憎いばかりだし、透明な荒涼感漂うくすんだ色調の映像がゾクゾクさせられるほどなまめかしい逸品だ。(amazonから拝借)



■Cast

余貴美子

竹中直人

根津甚八

椎名桔平

岩松了

田口トモロヲ

小林宏史

室田日出男



■Director:石井隆











椎名桔平がゲイ役及び、ターニングポイントになった作品「ヌードの夜」見ました。

コレは昔からタイトルだけは知ってたんだけど、今回「アウトレイジ」で桔平ブームなんでやっと見ました。

※この記事は4年前に書いた記事の再録です。



監督は「GONIN」の石井隆監督。

「GONIN」コレは学生時代見に行ったんだけど、もう1回みたいなー









冗長な部分はあるものの・・・・



もうね、薄幸のヒロイン、余貴美子さん、めっっっっっさ綺麗!

身体の端々から立ちこめる薄幸さ傷つき壊れそうな色気にため息しかでない。

公開当初、余貴美子さんの年齢37歳位、とはっきり言ってトウの立ち始めた決して若くはない年齢ですが、この色気は若い女子には無理。

名美という女の哀しい人生が伺える雰囲気、表情、少したるんだ身体(太ってると言う意味でない、今のダイエットブームの女性の様に痩せすぎてないって意味です。肉体、って言葉がぴったり当てはまるなまめかしい肢体)少女性と成熟したオンナを感じさせて同じ女ながらうっとりですよ。

で、声がまた色っぽいのです。

ちょっと低めのハスキーボイスと喘ぐ様な息づかい。

喉の奥でひきつった様な呻き。

余貴美子さんってなんかイロっぽい女優さんだなーって以前から思ってたけど、ホントになまめかしさ全開。

濡れ場もかなり大胆で際どいシーン多々あり、キスシーンも邦画に珍しくディープキスしてます。

こういう邦画、久しぶりに見た。





監督が劇画出身の方だから、一コマ一コマが「絵」の様に決まってて「おぉ!」なる。

めくれあがったスカートから覗く白い下着とはみ出した柔らかそうなお尻の肉、脚を開いて誘う時のソファーにひっかけられた白い足・・・・計算された画の作りだと思います。

名美が車ごと海に飛び込み自殺を計るシーンの美しさ・・・「狩人の夜」のシェリー・ウィンタースを連想する美しくも残酷で哀しいシーンでもある。



石井監督は美女の死体に関心が強くあると思われる。



不幸な過去を背負い、犯され殴られ脅され搾取され続けた名美と、場末の世界で負け犬の様に生きる村木。

なんとも字ツラだけみるとチープで陳腐な男女の話ではありますけど・・・私自身はそういう辛気臭くていかにもーな男性が妄想する薄幸女は好きじゃないけど、どんよりとした湿気たっぷりな雰囲気に飲み込まれました。

音楽がまた気怠げな音楽に女性のかすかな喘ぎの様な声(余さんの声らしい)が入ってて雰囲気をもり立ててます。





実はストーリー的な部分には私はそんなに惹かれなかったんですが、そういう計算された画の作りと音楽という部分、そして村木役の竹中直人、ヒロインの余貴美子、この映画で注目された椎名桔平と言う役者の演技的な部分では満足です。



お話は、竹中直人演じる負け犬中年男視点と、ヒロイン余貴美子がいかに薄幸で男たちに痛めつけられ搾取されているのかと言った部分にクローズアップされてるので、2人の「哀れさ」にシンパシーを感じないと面白いとは共感できないかもしれない・・・・

私は村木みたいな自分を卑下する男は好きでないので(自称ぼんくらとかスゴい苦手だし)うむむ、となるんですが、竹中直人が押さえた演技でいい感じに演じてくれて「うむむ」部分は緩和されてると思う。

ラストで愛しい女の運命の悲しさに共鳴して子供の様に泣きじゃくる様には、その男の純情さにグッとくる。

女の為に泣く男、こんな男はなかなかいないから。

世間ではこんな男は弱虫のだらしのない奴、と言われるのかもしれませんが、石井監督はこういう優しい人なんだなって言うのが伝わった。





ヒロインの名美は不思議な女である。

彼女が村木の事をどう思っていたかは・・・・村木が名美に夢中な割には感じられない。

村木→名美と言う一方通行な部分が何とも切ない。

自分を散々犯し、脅し、搾取しつづけた行方(根津)の事を憎みつつも本当は愛していた。憎しみの方が強かったけどそうなんだろうな、と思う。





そしてラストシーンは・・・・

なんとも幻想的な終わり方で結局一体名美はどうなったんだ?と言う謎な終わり方が似合ってるんだよな。

ねぇ、これ一体どういう意味ですか???と聞くのは無粋からしら。







で、ゲイでキレキレ演技してる若い桔平(笑)

スゴい若い!つか身体が少年みたいに細い!!!!!!

腰めさ細い!

撮影当時29歳らしいけど、全然そんな年齢に見えない。

20代前半にしか見えないよ〜〜〜〜〜!





最初のしょっぱなからのシーンで、シャツがはだけた状態でこれまた半裸の根津甚八と登場する桔平w

このしょっぱなのシーンから汗で濡れた身体の若い桔平と腕に注射針刺してる(まぁ覚せい剤ですね)これまた上半身裸で濡れた身体の根津甚八がエロいんだよぉおおおお(笑)

男女エロもエロエロしいけど、男2人でもこのエロさ、両方満たしててスゴい(笑)



初めて見る子(桔平)に「この子だれ」と聞く名美に、ヤクザの根津甚八が「そいつは女にまるで興味がない」と答えるわけで、この2人、妖しいじゃねぇか、と思えばオーディオコメンタリーで桔平がこのシーンの事を「ホモセクシャルな雰囲気を出したシーン」と言ってたので、やっぱりこの2人はデキてる様です(笑)

だって演じてる人が言うんだから間違いない。



名美と桔平2人を愛人にしてる根津甚八、スゴいと言うか羨ましいぞ。



で、桔平の次は名美を犯す根津甚八な訳ですが、そんな2人を苛立った表情で見る桔平に萌えたw

おそらく散々桔平とヤッたと思われるのに、お次は女の名美を犯すとはなんて精力絶倫ヤクザw





桔平の役柄についてはあまりどういうキャラか実はよく分からないキャラでして、そこがちょっと不満ですね。

ものすごく根津甚八を慕っているらしいんですが、それがゲイ的な意味なんだろうけど、そういう部分が余り感じられないけど出番は結構多いんだな。

台詞や行動の端々から、母親の死体と過ごしていた過去のある幼少期、ヤクザの根津甚八に拾われてホモセクシャル的な意味で慕っている、というのは感じられるんですが・・・・

とにかくキチガイ演技で切れまくった演技の桔平がスゴすぎて笑ってしまった。

目とかイッちゃってたw



根津甚八の事「兄貴」とずっと呼んでる訳で(笑)大切な兄貴を殺されて半狂乱になりつつも結局殺した本人、名美に「一緒に店をやろう」と言うシーンはよくわからんのだが・・・私の解釈では桔平は名美に自分の母親を重ね合わせているのかな、と思った。

(「兄貴」呼びは『GONIN』で殺し屋DVカップルの一八がたけしの事、そう呼んでたね。)





この映画を見た後、「GONIN」を思い出すと、「GONIN」と重なるシーンがいくつかあってそういう意味でも興味深い。



桔平は「GONIN」ではパンチドランカーの役だったけど、「ヌードの夜」でボクサー上がりっぽい役だし(そして2人とも凶暴)惚れた男を「兄貴」と慕うホモセクシャルな関係なのは「GONIN」でのたけしと木村一八のDVヒットマンカップルの関係を連想させる。

またバブルで借金まみれになったリーマンが桔平を殺す訳だけど、この借金まみれになったリーマンは「GONIN」では竹中直人が不気味に演じてたりといくつかの共通性が見られる。







特典のオーディオコメンタリーで桔平がこの映画の思い出について話してるんですが、やたら「根津さん根津さん」言ってるのが印象的だった(笑)

とにかく「根津さんかっこいい」こればっか言ってる(笑)

まぁ確かに根津甚八はカッコいいと思う。

共演の竹中直人も根津甚八の事カッコいい、って言ってたしこの映画の中ではとにかくどーしょーもないヤクザだけど、カッコいいんだよねーーー



 

| 映画*N | 21:35 | comments(0) | - |
嘆きのピエタ/피에타 Pietà 2012韓国
嘆きのピエタ/피에타 Pietà 2012韓国
チョ・ミンス
イ・ジョンジン
ウ・ギホン
カン・ウンジン
クォン・セイン

監督・脚本: キム・ギドク
2012年ヴェネチア映画祭・金獅子賞受賞




キム・ギドク監督。
韓国映画界では「奇才」と言う意味でかなり有名らしいと言う事は知ってましたが、作品自体を観るのは初めてです。(でも本国では不遇らしい)
過去作品の概要から、描写も話も過剰で痛いんだろうな、ドキドキ怖々と観る事になりました。


お話は、30年間親の顔も知らず、天涯孤独な非業な借金取り立て男(イ・ガンド)の前に、一人の女が自分が母親だと登場します。
この借金取りの男は、利子が10倍にも膨れ上がった債務者に重傷を負わせその保険金で返済させると言う血も涙もない男です。
最初は当然の如く母と名乗る女を手ひどい仕打ちで追い返そうとするもの、どんな事をしてもイ・ガンドの元に寄り添い、捨ててしまった事を謝り、無償の愛を見せる女にイ・ガンドは次第に母親だと認めるのですが・・・




映画冒頭から男の眠っているような自慰シーンから始まり、動物の死体など不気味なイメージ映像が続きます。
そして債務者への残酷な仕打ちを顔色を変える事なく遂行していく男。
最初の方で生理的、感情的に人間の嫌になる部分を刺激してきます。
しかも最初に被害に逢う債務者の夫婦・・・重傷を負わされると分かっているのに、呑気に劣情を催す夫とそれを動物の様に受け入れる妻・・・そんな事してる場合じゃないと思うんですけど、この債務者以外にも同情を得る様な弱々しい描写はされていないです。

主にイ・ガンドが担当する債務者が多いのが、隣には高いビル群の立ち並ぶ下町の様な零細町工場ばかり。
おそらく次第にこの町工場も取り壊されビル群が立てられて行くんだろうなぁと言うのが予想させられます。
日本でも同じ風景があった事を思い出しました。
それだけに彼らのその後が予想できます。

映画の中で「金」「金のせいで」「金なんかの為に」そんな台詞がいくつか出てきます。
お金(資本主義?)への批判的な部分があるみたいです。
そういう世界で生活していてあまりにもそれが当たり前すぎていたけれど、お金によって人間は簡単に振り回されます。
金が無くて自分の命を投げる人、重傷を負わされてまで金を借りる人間。
主人公イ・ガンドの様に生きる為、金を得るために他人に重傷を負わせる男。

しかし無償の「母の愛」を見せてくるミソンは金とは関係ない・・・
他にも最初の債務者夫婦の姿とか、映画後半ではまるで地獄巡りの様にイ・ガンドがあらゆる家族や夫婦の愛を見せつけられる事になります。

愛は無償と書くと陳腐極まりないんですけど、お金が関係ない人間関係は実際としてあります。
ただ可哀想な事に、主人公のイ・ガンドはそれを全く知らないで育ってしまった様です。


映画中盤から段々「ある仕掛け」が見えてくるのですが、それは少しずつ劇中で情報を提示される事で観客は理解していくのに、当事者であるイ・ガンドだけは全く気付けず狂乱するのが滑稽に映し出される。
そして観客も問答無用にイ・ガンドの巡る地獄巡りにつき合わされ、なんだかぐったりさせられます。

地獄巡りを終え、自分がいかに可哀想な人間なのかイ・ガンドは痛感し、しかしやっと念願の母親、ミソンを見つけた事で(あんな形であれ)怒りや傷付くよりも救われた・・・のかなと思いました。
もう母と言う概念は関係なく、誰かがイ・ガンドの事を愛してくれた、と言う事が重要だったのかな、と。
ただそこまでしてくれる人間が、皮肉な事に訳ありなミソンしかいなかったと言う。


韓国ってかなりマザコン、と言うか母親が息子にべったり、息子も母親を溺愛していて、それが社会的に当たり前と言うイメージが強いんですが、そういう国からこういう映画や「母なる証明」(未見)が出てくるのは何かその底にあるのかな、と思ったりしてます。
今も母性愛映画は世界各国で作られており、それは普遍的なテーマだからだと思うけど、この映画は少し違う趣を感じるので。


いびつさが大きいからこそ、創作世界や表現は広がるのかな、と思ったり。
だったら日本もそういう映画が出てきてもいい頃じゃないかなぁ(独り言)


ミソンが「可哀想」と叫ぶシーンは私もついつい涙が出てきましたが、それが一体何に対しての涙かはわかりません。
ただ激しく心を揺さぶられました。
そういう人間の感情を首元ひっつかんで揺さぶるストレートさがこの映画のパワーだと思います。
あまりにも表現が直裁すぎて、寓話っぽい作りです。
(イ・ガンドがミソンに差し出す肉片とか・・・最初、そ、それは何?一体ドコのお肉?とぶるぶる震えながら眺めていた)

あと動物が結構出てきたり。
殆どの動物は食べられたり、轢かれたりとその生存は不幸なんですが、その命を掴んでいるのが人間なんですけど。そしてそんな人間は金に首根っ子掴まれている。
階段でぬめぬめうねうねさせているウナギが印象的です。
(どうでもいいけど、韓国もウナギを食べるのだな、と思った)


ミンスの衣服が朱色系の赤とモスグリーンの組み合わせで、灰色の工場の景色の中で映えます。
シャッターがときおり黄色だったり。
映画冒頭、灰色の町工場とその色の対比でビュフェっぽい。
低予算の為にセットを組まないで町工場などの建物そのままで撮影したそうですが、工具や機械の無造作な置かれ方がまるでセットの様で驚く。



ミンス役の女優さんは母親にしては色っぽすぎる。
赤い口紅に濡れた様な黒い目。
素晴らしい演技です。




【ネタバレ的な・・・】
最期のシーンは強烈。
え、まさか・・・と思ったらホントにやっちゃうし。
昔の処刑方法みたいで、そういう含みもありそう。
夜の明け切らない、早朝の薄暗い道路に墨の様な赤い道が遠景から撮られてるのが怖いんだけど綺麗で目が離せなくて、なんだかその美しさに涙が出そうになる。



【どうでもいい事】
主役の男性がアイライナーを入れてるのが気になります。
他のいわゆる韓流?と呼ばれる男性たちも結構、アイライナー(しかもインラインに)入れてますけど、何なんでしょうか。
韓国では男性が化粧をするのは普通で、アイラインも当然入れるのかしら、と気になります。









| 映画*N | 23:16 | comments(0) | - |
流れる 1956東宝
流れる 1956東宝
田中絹代
山田五十鈴
高峰秀子 
杉村春子 
栗島すみ子 
岡田茉莉子 

監督:成瀬巳喜男
原作:幸田文

素晴らしい。
古い邦画の女性の描かれ方ってどうなのよ、と懸念していた私がバカみたいな程、美しく逞しく流麗。
田中絹代って伝説の女優、ってイメージあったけど、ああいう女優さんだったですねぇ。
仕草、表情、声色、すべてが凛としている。
山田五十鈴さんの零落しかけた置屋女将の悲哀が漂う表情。
なんと哀しくも色っぽい。
モノクロの画面の着物から覗くうなじから、白粉の匂いが匂い立つ様な独特な色気がある。
疲労と憂いを感じさせるこの色気・・・
「こんな楽しい商売ってないわぁ〜」と宴会から酔って有頂天で帰ってくる芸子(杉村春子、岡田茉莉子)2人がこの商売の「色」を現している。
泡沫の様な、現実感の無さと狂騒。
そんな家庭環境で育った山田五十鈴の娘役、高峰秀子は家業は継がないで、この時代の女性ながら、手に職を付けようと固めの仕事に付きたがる。
自分の母親を見ているせいで、女でも独立して生きて行ける事を望んでいるけれど、人生に迷い、模索している姿が新しい女性像に見える。
ここに登場する女性たちはタイトルの通り、河の様に流れて生きている。
それは自分の意志ではどうしょうもない事もあるし、流れに身を任す事も悪いだけではないし、別段女性だけでなく生きるってある意味、流されて生きる事なのだな、と思った。(マイナスな意味でなく)
「流れる」の批評で『成瀬監督は女は男の依存なしでは生きられない』と言うことをこれまでの作品で一貫して描いてきた、ってあったけど、そうせざるを得ない哀しさを描いてるだけで、「自立」したがる女性(高峰秀子、田中絹代)も描いてると思うんだけどなぁ。


DVDにて鑑賞
| 映画*N | 18:57 | comments(0) | - |
【映画感想】浪花悲歌<エレジー>/1936

浪花悲歌<エレジー>/1936

山田五十鈴

志賀廼家弁慶

梅村蓉子

竹川誠一

大倉千代子


原作/監督:溝口健二



新文芸座の山田五十鈴追悼2本目。

コレが初、溝口となった訳ですが・・・正直変な映画だなぁ…と言う感想が一番最初に来る。

映像の状態は非常に悪く、夜のシーンなんて真っ暗で何も見えないと言う(笑)

音もあまりよくなかった気がするが、そういうのは保存の状態なので置いといても、山田五十鈴演じる主人公の性格が破綻している。


「花つみ日記」でもおや、と思ったのだが、この映画も舞台が「浪花」と付くだけに関西弁である。

昔は関西弁の映画が結構多かったのかしら、と思った。


そんな訳で、最初の序盤の方は自分の困った父親の金の工面の為に、社長の愛人になる山田五十鈴(当時19歳位らしいが、あまり小娘と言う感じには見えない貫禄がすでにある)の姿が浪花らしいぬるいお笑い劇から始るのだが、次第に正反対のシリアス路線へとふり幅は飛び、ラストの橋のたもとでトレンチコートをゆらめかせ「あたし、不良少女って言う立派な病気なのよ」と吐き捨てる山田五十鈴と言う、陰惨な終わり方で幕は閉じる。


当時としては社長の愛人となり、そして男を手玉にとり(取らざるを得ない)、婚約者に美人局までやらせ、しかし結局、婚約者から捨てられるこういう女性像は新鮮だったのかもしれない。

だけど、結局この映画に出て来る男性キャラクターは皆、自分勝手だったり芯がなかったりとしょうもない男しか出て来ない。

特にヒロインがこういう行動に出る背景となる、文句ばかり言って、金を稼がない父親は諸悪の根源であり、結局、金の工面の為に犯罪行為まで働いてしまったヒロインに対して、家族(父、兄、妹)は白い目を向ける。

その時の食卓の風景の寒々しさとしたら。


山田五十鈴は最初、大きな会社の電話交換手?っぽい役で登場するが、おそらく当時としては女性が社会に出て働くのに、最初あたりの世代だと思われる。

結局、監督は女が社会に出ると、こうなると言いたいのか、それとも不甲斐ない男を尻目に化け物じみてくる女を描きたかったのか、私には分からない。

ただ、「女は化け物だから」と言う発想で、何でも許されるだろうと言う描写は頂けない。

化けて行くなら化ける過程がこの映画にはない。


とにかく主人公の山田五十鈴の行動に一貫性が無さ過ぎて、ここまでくるとギャグの域だな、と感じるレベルだった。



山田五十鈴は着物はもの凄く似合うが、19歳だと言うのにワンピースなどの洋装は全然似合わない。

やはり瓜実顔なんだな、と思った。



| 映画*N | 21:58 | comments(0) | - |
ナイロビの蜂*05イギリス
ナイロビの蜂


◆Cast*レイフ・ファインズ/レイチェル・ワイズ/ユベール・クンデ/ダニー・ヒューストン/ビル・ナイ/ピーター・ポスルスウェイト/ジェラルド・マクソーリー
◆Director*フェルナンド・メイレレス
◆原作:ジョン・ル・カレ

2005年度アカデミー賞助演女優賞受賞作品


オープニングシーンから美しくも悲しい映像と音楽に思わず引き込まれる。
少しざらついた映像が、舞台となる砂漠のナイロビに合っている。

政治的な話ではあるんだけど、根底には愛がある。
妻が秘密から守ろうとした夫への愛。
その妻の愛を知り、映画の時間がたつごとに妻と同化していく(まるで浄化されるような)夫。
そして安い命だと称された現地の人たちへの愛。
生命力の強さを強烈に感じさせられるからこそ、力のある者たちの食い物にされていく姿が悲しい。

夫ジャスティンが妻の足跡を辿っていくと、何人もの疑惑の人間たちが浮かび上がる。
誰もが「殺されるとは思わなかった」「上の人間に報告しただけ」
まるで責任をともなわない「軽さ」がやるせない。
だけどジャスティンの目的は報復ではなくて、妻が果たせなかった望みを叶える事。
その「軽い」告白を聞きながら、足跡を辿り目的を果たそうとする。
どんな心境だったのか想像すらつかない。
レイフファィンズが静かにそんなジャスティンを演じている。

最後の選択を思い出すとそれしかなかったのかなぁと思いつつ、やっぱりそれしかなかったんだなぁと思う。
一度でも妻を疑った事がきっと許せないに違い無いし、全く何も知らないで(テッサがやってた仕事を)失ってしまった事に激しい後悔を感じてる。
その感情は時がたてばたつ程、ジャスティンを苦しめると思う。
あのラストシーンは本当に情景も伴って悲しくも美しいシーン。



なんとなく先日見た、「トゥモロー・ワールド」を思い出す。
全然話の内容は違うけど、ハリウッド大作映画に出てくるヒーロー像とは正反対な男の姿。だからこそ弱さを抱えつつ立ち上がる姿に親近感が湧く。
レイフ・ファインズのひ弱そうに見えて意志の強さを表現した演技に感心してしまった。
レイチェル・ワイズも演技してるとは思えない姿で、回想にでてくる彼女の笑顔が凄く綺麗。実際に妊娠してたらしいそうですが、妊娠パワー(やはり体内にもう1つ生命を宿してると何か別の力がありそう)なのかしら。


映画の中に出てる陰謀は実際あっても全然おかしくない内容だなぁと思う。
| 映画*N | 22:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
ニュー・イヤーズ・デイ/約束の日 *イギリス
ニュー・イヤーズ・デイ 約束の日
ニュー・イヤーズ・デイ 約束の日

■Story
スキー事故で生き残った17歳の少年2人。
友人や恋人を失って、生きる意味が見出せない2人は「12の課題」をクリアして、1年後に自殺しようと約束するが・・・・


■Cast
アンドリュー・リー・ポッツ/ボビー・バリー/マリアンヌ・ジャン・バブティスト/アナスターシャ・ヒル/ジャクリーン・ビセット



キャスティング勝ちだと思います。2人の少年役の男の子たちが顔とか表情がとてもいい。
名門の医学学校(だと思う)に通う一方は母子家庭で生活保護を受けているジェイクと議員の父を持つ金持ちのスティーブ。性格も全然違うけどこの2人は親友らしい。
ジェイクは情緒不安定な母親に頼られてしまって(まだ17歳なのに)母ばかりか小さな弟や妹の面倒を見てる責任感が強くて純真な少年。スティーブは甘やかされてて、よそよそしい両親に対して白けているし、性格も捩じれてる。
だけど2人がつるんだりふざけてるシーンは少年らしくて微笑ましい。
あ〜17歳ってこんな感じだよな〜〜とか遠い過去となってしまった「感覚」を思い出したり。
そういった日常的なシーンとか好きです。


テーマは生、死、生きる事だと思う。
その辺が分かりにくいというか、絞り込めて無い散漫な感じがしました。
だけど押し付けがましく無い部分は好きだし、ぼんやりとした散漫なこの感覚こそが17歳という年齢を表している気がする。
映像もどこか幻想的で、崖のシーンは綺麗です。



■Attencion!ネタバレ
ラストシーンはやっぱりあーゆー終わり方で安心。
本当は海に落下する前に岩にぶつかってるだろうとか思ったけど、どっか幻想的な映画なのでどうでもいい(笑)
大きな動物も殺さなくてよかった。
人間そんなにかっこよくなんてないし(殺すっていうのがかっこいいという意味でないです)情けない姿さらして生きてるもんだし。

結論として、私はテーマよりもこの2人の絆(友情っていうと何か陳腐な感じがするのであえてこーゆー表現で)にじんわりきました。
こーゆー相手がいるって幸せだと思う。
| 映画*N | 15:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア*ドイツ,1997
ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア
ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア

■Story
「死」を宣告された脳腫瘍患者のマーチン(ノーマン・リーダス似)と末期の骨髄腫患者のルディ。
全く正反対の二人が病院で同室となる。
ひょんな事からテキーラで酒盛りを始めた二人。
「海を見た事がない」というルディの言葉にマ−チンは「天国では皆海の話をするんだ。海がいかに綺麗か、、、、お前は仲間はずれだ」と言う。
そして二人は海を見る為に病院を脱走し、ひょんな事からマフィアのベンツ(トランクには大金入り)を盗んでしまう。
そこから二人は警察とアホなマフィア両者から追われる事となるが・・・

■Cast
ティル・シュヴァイガー(兼脚本)/ヤン・ヨーゼフ・リーファース/.........ルトガー・ハウアー
Director:トーマス・ヤーン
ドイツ,1997



結構話題になった映画だと思うのですが、話題になっただけあってイイ映画でしたね。
ほろりときて、微笑ましい気分になってほんわかする。
映画のストーリーを見る限り、ヴァイオレンスで男臭い映画だと思ってたんですがいい意味で予想を裏切られました。
それは話の割にキャラクターがみんなアホで呑気で、銃撃戦や発砲シーンでも人が誰も死なないように撮影されてるからなんですよね。
大金を手にして高級ホテル泊まって、バスローブ着たまま二人がベッドで一番したいことリストを書きあうシーンは小学生みたいでおかしくて可愛らしい。
(その願いの内容もナイス!)もう死ぬって二人とも分ってるから、お互い男の変な意地や見栄を張る必要がないからだと思う。とくに二人の生い立ちとか描かれてないけど、性格やその他もろもろ正反対なのはわかる。
そんな二人がなんの衒いもなく信頼しあうのって大人になると本当に難しいと思う。子供の時はそんなの関係ないけど、大人になるとみんな自分と似たような価値観とか職業とかそういう人としかつき合わなくなるから・・・


二人以外のキャラも非常におかしい。
若い刑事とその上司とかこいつら大丈夫かよ、って感じだしマフィアの移民系若造とおっさん(ハーベイ・カイテル似)はトホホ感が似合い過ぎる。
ラストの三つ巴やこのマフィアの2組はタランティーノ的でにやりとしちゃう。

| 映画*N | 20:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
ニュー・ワールド*2005アメリカ


Cast:コリン・ファレル 、クオリアンカ・キルヒャー 、クリストファー・プラマー 、クリスチャン・ベイル 、オーガスト・シェレンバーグ
Director:テレンス・マリック


映像がとにかく美しい。
しかしこの映画、要点が掴みづらい。
監督が何をはっきりといいたいのかが分かりづらいのです。
でも見てる最中、涙腺が刺激されて泣きたい気分になります。
頭で考えないで、映像を見て感性で見て欲しいです。


色々感じた事があるので、まとまりないですが書いて行きます。

*コミュニケーションと言葉。
前半印象的なシーンとして、ジョンスミスが原住民の捕虜から解放されて砦に戻ります。
すると子供たちがやってきてわんわんとうるさく喚き立てます。そして大人(兵士?)たちは醜いいがみ合いに仲間同士で殺しあいをおっぱじめます。
それを見て絶望的な表情を浮かべるジョンスミス。
言葉ってコミュニケーションを取る上で大切なツールだと思われてたけど本当にそうなんだろうか。
原住民の人たちは言葉をあまり重要視してないように見える。
挨拶をする時、手と顔を使って仕種で示しているし、太陽や水、光など自然を神のように崇める彼らには言葉は重要でないように見える。
言葉がある事で誤解が生じ、ただそれがうるさくも感じる。
映画自体が台詞が殆どなくてモノローグが多い。
説明過多な映画が多い中で、この映画は全然饒舌じゃない。
見てる人間は「感じる」事を最大限に求められる。
感じる事は映画の中で原住民の人たちがもっとも重要視してる部分だと思う。
触れたり、抱き締めたり、匂いを感じたり。
ジョンスミスとポカホンタンスが何度も触れあったりするシーンがあるのは、「触れる、触れ合う」事の大切さに気づかされた。
他人に触れると言う事は、結構難しい。色んな意味で。
でもそこには信頼関係がある。

後半シーンで印象的なシーンは、夫となったロルフと抱擁するポカホンタンス。
ロルフは彼女の背中を抱き締めるが、ポカホンタンスはロルフの身体には触れず、彼のベルトを握りしめる。
コミュニケーションを拒んでいる。
そしてロルフはそれに気付いている。
あんなに身体的な接触を重要視していた彼女のこの行動。
ロルフに気を許していない。



*アメリカが出来たいきさつ。
白人が原住民から土地を奪い、今のアメリカがあるのは有名な話ですが実際のアメリカ人はどう思っているのだろうか。
前半に、ジョンスミスに反逆した男が「良心なんて邪魔、ハエだ」と言うシーンがあるんですが、これは何も今のアメリカだけじゃなく現代社会を現している言葉だと思う。
良心や恩を忘れ、温厚無知にふるまう人間の姿は今の私達を確実に蝕んでいる。

*ジョンスミスって男
ジョンスミスって男は一体どんな男なんだろうか。
「僕はダメな男だ」と言ってポカホンタンスの一途な愛から逃げ出したダメ男なのだろうか。でも不思議と私は彼に対して「甲斐性なし!」とは言えない。
ジョンスミスとポカホンタンスは同じラインに立つ事ができない。
ジョンスミスは侵略者であり、ポカホンタンスは侵略される側だから。
ジョンとポカホンタンスが惹かれあったのは、彼らは同じ性質の人間だからだと思う。
ジョンは船で反乱して処刑されかけてたのでも分かるように、同時代の白人社会のはみだし者だったんだと私は思う。そしてポカホンタンスはその賢さやもの怖じしない性格から原住民の社会からはみだしていたのだと思う(父王にもっと部族を愛せ、と言われてたし)
枠の中に収まり切れない「自由な」二人が惹かれ合うのは簡単だ。
しかもポカホンタンスは13歳で、おそらく初恋なんだから忘れられる訳がない。
ただ決定的に違ったのは、ポカホンタンスの方が勇気を持っていてそして環境に適応できる強さを持っていた点だと思う。
白人社会に違和感感じ続け、逃げるように探検を続けたジョンスミス。
彼はきっとどこへ行っても違和感を感じ続け、定住する場所を持たない。
ラストシーンでポカホンタンスと再会した彼が何を感じていたのか、まだ私には伺い知れない。(このシーンのコリン・ファレルは前半の魅力が嘘のように精彩がない)

*この映画はポカホンタンスと言う女の一生を辿ったのか。
前半部分は、コミュニケーションや言葉と言った部分をうつらうつらと考えて見てたのですが、ロルフが出てきてから段々変わってきます。
ロルフがやっと本音を言った時(「君をねじ伏せて、いつか愛させてやろうと思った云々〜」)ポカホンタンスが本当にロルフの事を愛おしく感じたのではないかと思いました。触れる事で真実を掴んできた彼女が言葉によって信じる。これは彼女が白人社会へと適応しきった事なのかな。
ずっと白人式に生活してるんだけど、彼女はネイティブの生活が懐かしくならなかったのかな、とかそんな疑問が常に生じる。言葉も少なく、表情も暗いままの彼女が何を考えているのか読みづらい。
故郷から見捨てられた彼女と故郷から逃げ続けるジョンスミス。
似たもの同士でありながら、最期の最期で決定的に異なる生き方。


まぁ考えはじめるとキリのない映画です。
ただ宣伝で見る、ラブストーリーと言うよりもやっぱり私は文明や文化と言ったものを強く認識させられる。


***俳優について。
コリン・ファレルは人生の敗北者役が18番となってしまったようです(笑)
「アレキサンダー」と言い、こういう役が上手いと言うか彼自身の資質によるものだと思う。「僕はふさわしくない」なんて駄目過ぎる台詞も彼にかかれば繊細さを増します。
前半のポカホンタンスとじゃれあうシーンは兄妹みたいでポカホンタンス役の子と相性の良さを魅せてくれてます。

ポカホンタンス役のクオリアンカ・キルヒャー
前半のネイティブの時の彼女は妖精のように美しい。
15歳とは思えない品の良さと知性を感じさせます。
彼女なしでこの映画は成立しないでしょう。

クリスチャン・ベール
実は重要な役だと思います。
っつーか完璧コリン・ファレルを喰ってました(笑)
短い登場ながら、優しいけど普通の男役を的確に演じてます。
優しいけど征服者でもある実は難しい役を本当に上手く演じてると思う。

美しいクリスチャン・ベールが見れて満足(笑)
王子様ヘアスタイルが素敵
| 映画*N | 00:57 | comments(4) | trackbacks(3) |