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狩人の夜
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Ninth

日々観た映画についての記録と備忘録
パリ猫ディノの夜/Une vie de chat 2010フランス
 
パリ猫ディノの夜/Une vie de chat 2010フランス
(声の出演)
ベルナデット・ラフォン
ドミニク・ブラン
ブルーノ・サロモネ
ジャン・ベンギーギ

美術:ジャン=ルー・フェリシオリ
音楽:セルジュ・ベセ
脚本:アラン・ガニョル
監督:アラン・ガニョル/ジャン=ルー・フェリシオリ




朴訥としながら、カクカクした直線的な印象を与えるアニメーション。
影絵や切り絵っぽさもある。
でも猫特有のぐにゃぐにゃしたあの身体の感触や、しなやかな動きが優美で猫好きなら更に楽しめると思います。
猫は飼った事ないけど、結構猫の習性が随所に表現されててそこがまたユーモアのポイントとなっております。
当たり前だけど、スタッフは猫好きなんだと思います。猫の自由さと気高さを愛してるんだろうと想像させます。
でも逆に少しだけ登場する犬の扱いは可哀想(笑)


お話はシンプルながら、センスのいいタイトルバックと音楽、そしてフランスらしいユーモアにクスリとさせられます。
特にギャング団の描写がアニメーションらしくマヌケな部下たちと横暴なギャングのボス(性格破綻者)、そしてケバい情婦(この言葉がピッタリな所がいいのよね)と往年のフレンチノワールらしさがあります。

パリ猫ディノの飼い主である少女ゾエの母親が、警視である所もフランスらしい。
そして夜の飼い主である、こちらも猫のようなしなやかな身体能力を持つ孤独な怪盗ね。
フランスでも正義感が強い怪盗さんはいるのね、とちょっと思ったけど(笑)

眼下から見下ろすパリの夜景や、ノートルダム寺院は素敵。
そしてギャング軍団が狙うお宝「ナイロビの巨像」のビジュアルがなんだかおちょくってるみたいで笑えます。

上映時間も70分とコンパクトで、大人から子どもまで楽しめると思います。




| 映画*H | 20:18 | comments(0) | - |
プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命/The Place Beyond the Pines 2012アメリカ
プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命/The Place Beyond the Pines 2012アメリカ
ライアン・ゴズリング
ブラッドレイ・クーパー
エヴァ・メンデス
デイン・デハーン
レイ・リオッタ
ローズ・バーン
マハーシャラ・アリ
ブルース・グリーンウッド
ハリス・ユーリン

監督: デレク・シアンフランス


あまり良く知らないで観に行ったのですが(と言うか基本的にあまり前情報は入れないで観るんですけど。その方が楽しいんで)こういう構成なのか、と意外性もありつつ、印象的な映像と音楽で落ち着いた作風だと思いました。

映画はおおまかに3つの構成で成されてます。
1部はライアン・ゴズリング演じる遊園地でバイクスタントしてる男がメイン。
2部はブラッドレイ・クーパー演じる新人刑事。
ラスト3部は二人の息子たちが何の因果か同じ高校で出会い・・・と言う構成。

役名を失念してるので、俳優名で書いちゃいます。



簡単に言うと、父親、そして息子たちの話なのかなぁと。
その日暮らしで無計画で何も考えてなさそうなゴズリングが、自分が父親になったと知った時、息子にしきりに自分が父親であるとアピールしたがる感情。
だけど女には既に腰を落ち着けた家庭があって、ふらふらしてそうなゴズリングを父親として夫として認めてくれない。
それ故にゴズリングは自分が父親であり夫だと言うアピールの為に、金が必要だと思い込み、犯罪行為に走ります。
なんとも短絡的と言うか、そういうゴズリングの思考が女が男を選ばなかった理由なんだろうけど、なんだかゴズリングの役が哀れなんですよね。
男と女、どっちが悪いと言うのはないんだけれど。
タイミングが悪い。
そして悪人ではないけれど思慮の浅さ、教育をされてこなかった故に簡単に犯罪に手を染めてしまうゴズリングの背後を想像すると哀れに思えます。
映画を観てた時は、こういう根無し浮き草みたいな男が自分の子どもに対して異様な執着をするのが意外だったのですが、教会で涙を流すシーンを観た時に、自分の父親がしてくれなかった事を息子にしてあげたいんだろうなぁとぼんやりと思いました。
そう思うと可哀想な男だと胸が傷みます。
やってる事、ストーカーっぽいし、犯罪行為働いてるんですけど。
でもそういうのを凌駕する存在感と美しさがこの映画のゴズリングにはあるんですよね。
「ドライブ」に引き続きまたも「運転」する役ですが、刹那的な生き方と、松林の中をバイクで疾走するゴズリングが重なります。
1部以降は登場しませんが、1部での刹那的なゴズリングの姿はその後の2部と3部にも不在でありながら強い存在感を残し続けます。


2部のブラッドレイ・クーパーは、社会的に成功している父親の存在感に反発し、どこか鬱屈としてます。
1部のゴズリングとは正反対に演じているブラッドレイ・クーパーは色男なのにその気配ゼロな地味さで、言いたい事も言えずに悶々とした姿が印象的です。
父親の姿の見えないゴズリングと、存在はしているけれどその存在に鬱屈としているブラッドレイ・クーパーは対照的です。
ゴズリングは息子を愛そうとしますが、ブラッドレイ・クーパーはゴズリングとの出来事も重なり、素直に息子を愛する事ができない。
それは自分が父親から受けてきた影響が強過ぎたから、と言うのがあると思います。
父親に反発してきたから、自分の息子にどう接していいのかわからない。
それ故に、自分と同い年位のゴズリングが息子に向ける愛に「何か」を感じるんだと思います。
それが罪悪でもあり、おかしな事に心の拠り所にもなっている印象を受けた。

父親に反発していたとは言え、血は争えないのか次第にブラッドレイ・クーパーはあれだけ否定していた父親と同じ道を辿る事になります。
それが本来の姿であったかのように、ブラッドレイ・クーパーは輝き始めます。


3部は二人の息子たちがメインとなります。
ゴズリングの息子であるデイン・デハーンは、義理の父親が黒人であるため、自然と自分の父親が違う人間であるのを知っています。
夕食時に一人だけ白い肌、金髪のデハーンはどんなに家族として受け入れられててもやはり異質だ、と肌で感じていた筈。
義理の父親はデハーンの事を自分の息子の様に見ますが、やはり子どもと言う物は「本当の」肉親を求めてしまうのか、デハーンは自分の父親を求め探す事になります。
その間にもブラッドレイ・クーパーの息子とつるみ、なんだか金持ち(クーパーの息子)/貧乏人(デハーン)みたいな扱いを受けてるのが何か・・・切ないと言うか、一応現代のアメリカにおいて表向き身分や階級制度はないけれど、親の代から受け継がれた職業的・教育的身分からは逃れられない様な気分になります。多分そういうのも映画に含まれてる気がするんだけど。

で、一方のブラッドレイ・クーパー父子はやっぱりまだ上手く行ってない。
権力へと近付き、政界進出を始めたブラッドレイ・クーパーに、2部での不安定な面影はありません。
しかし息子の事はやっぱり正面から見ない。
放置され、しかも金だけは余っている息子は金持ちぼんくら息子らしく放蕩三昧。

印象的だったのは、最期の方のデハーンと松林の中でやりとりをするブラッドレイ・クーパー。
1部で教会で涙を流していたゴズリング。
そして息子には無関心で冷たい印象を与えていたブラッドレイ・クーパーが感情を露に涙を流す3部。
男たちの息子への愛の為に流す涙が美しく印象的です。
ブラッドレイ・クーパーは役柄的にはゴズリングよりもだいぶ地味ではありますが、いい俳優だなぁと実感しました。
そして息子たちは息子たちで、自分の父親への思慕を胸に抱きます。
ここでやっと、父と息子は互いを認め合う事ができた・・・のかなぁと・・・
息子たちの父親へ向ける眼差しがすごくロマンティックで、息子と父親とはこういう物なのだろうかと思ったり。



どこか寓話的でもあり、現代の神話的にも見えます。
深い松林の森が続く映像のせいでしょうか。


印象的なシーンは沢山あります。
オープニングの、夜のサーカスの喧騒とネオン。
それらを背景に、背中を向けているゴズリング。
ブロンドに純度の高い青い目、そして目の下の刺青に、身体中のタトゥー。
バイクエンジンの低い轟と、危険なスタント。
松林の森に入って行く新人刑事のブラッドレイ・クーパー。
そして最期にまた松林の森の中で膝を付き、涙を流すブラッドレイ・クーパー。

それらの映像が印象的で余韻を残します。





| 映画*H | 23:11 | comments(0) | - |
保鏢/have sword will travel 香港1969
保鏢/have sword will travel 香港1969
姜大衛(デビッド・チャン)
狄龍(ティ・ロン)
李菁(リー・チン)
王鍾(ワン・チュン)
谷峰(クー・フェン)
陳星(チェン・シン)
井淼
鄭雷(チュン・ルイ)
王光裕
鄭康業
王清河
洪流
劉剛
袁祥仁(ユエン・ウーピン)
馮克安(フォン・ハックフォン)
白彪(ジェーソン・パイ・ピョウ)

動作設計:袁祥仁(ユエン・ウーピン)/唐佳(タン・チア)
脚本:倪匡(ニー・クァン)
監督:張徹(チャン・チェ)





英語字幕鑑賞。
感触的には張徹監督、前契仔ジミーさんの「大刺客」「大女侠」っぽく感じました。
中期、後期張徹作品よりも女性の影響力が強い、つまりマッチョな作風だけど、後期作品だと女性すら出て来なくなるので(笑)あそこまでマッチョではない、精神的な男気を追求してる感じでしょうか。
カンフー物では全くなく、武侠映画です。



婚約していると思われる李菁と狄龍カップルが、金の輸送をしている所に謎のさすらい青年(って表現も何ですが、旅人ともまた違うし、私の英語読解力では何故あれだけ腕の立つ彼がさすらっているのかわからない)姜大衛と出会います。
一方で山賊である谷峰一派は周囲を荒らし、李菁と狄龍が運ぶ金も狙ってきます。
金も地位もなく不器用で無口。
でも心は真っ直ぐで腕の立つ姜大衛に李菁は目をかけます。
それは姉の様な心境なのか(なにせ姜大衛の見た目は華奢で少年みたいだから)それとも恋情なのか、その両方を含んだ風に見えます。
自分の事をちゃんと見てくる彼女に(恐らく生まれて初めて)孤独だった姜大衛は心惹かれていきますが、李菁は狄龍と言う恋人がいるのでそれはあくまでプラトニック。
見つめ合うだけの関係ですが、李菁の恋人である狄龍は面白くありません。


結局、姜大衛は好いた女の為にその女が自分の物にならないのは分かっていても血塗れになり(張徹十八番)女の恋人を立て、まるで昔の任侠映画の様な痩せ我慢的な事になります。
張徹監督にしては男同士の絆やそう言った物はあまり感じなかったです。
一人の女を巡り対立する狄龍と姜大衛が、危機を前にしてその対立を乗り越えて絆を深めると言うのもありません。
ただ、自分は何の得もしないのに、血塗れになり狄龍を庇う(狄龍を心配したからでなく、狄龍がいなくなって悲しむ彼女の為に)姜大衛を目の前にして、狄龍はやっと彼を認めると言う描写はありますが。
なので、最期ズタボロ状態になっていく姜大衛は何故そこまで痩せ我慢する?となるのですが、それが張徹監督の考える理想の「男気」なんだろうなぁと思います。

実際、ストイックではあります。
それも演じてるのが少年みたいな見た目の姜大衛なので大人の男の男らしさと言うよりも、少年の一本気的にも見えて、大人の男のそれと、少年のそれとだとまた少しニュアンスが違うなぁと感じました。

なので、ストィックでどこかミステリアスな姜大衛に嫉妬する狄龍は、いくら長身でキラキラ美形であってもかなり分が悪い印象を受けます
(でも前期の姜大衛&狄龍の作品は、だいたい狄龍が姜大衛の2番手って感じの描写で、姜大衛のイイ所取りなんだけど)

姜大衛は全身黒尽くめの衣装でミステリアスな雰囲気を出してます。
一方の狄龍は対照的に、白い衣装でいい所のお坊ちゃん風な美形っぷりが際立ちます
(役柄は分が悪いけど)
全体的に地味な作品にも感じますが、なんとも印象に残ります。
姜大衛の痩せ我慢ストイック野郎・・・と言うよりも少年の哀しさが。


オープニングの鈴の音と幻想的にも見える映像は美しく印象的です。
王鍾は聾唖の暗殺者役。
サーカス出身らしい?んですが、トランポリンアクションしてます。
白彪はどこに出てたかわかりませんが、香港影庫でジェーソン・パイ・ピョウってなっててちょっと笑いました。
ジェーソン。。。(笑)


張徹監督なので、元健美先生(ボディビルダー)出身の鄭雷(チュン・ルイ)さんを筆頭に、皆さん胸元はだけまくりです。




| 映画*H | 23:31 | comments(0) | - |
ヒステリア/Hysteria 2011イギリス・フランス・ドイツ・ルクセンブルク
ヒステリア/Hysteria 2011イギリス・フランス・ドイツ・ルクセンブルク
マギー・ギレンホール
ヒュー・ダンシー
ジョナサン・プライス
フェリシティ・ジョーンズ
ルパート・エベレット

美術:ソフィー・ベッカー
衣装:ニック・イード
監督:ターニャ・ウェクスラー



映画紹介に「電動バイブレーターの知られざる誕生秘話」って書いてありましたが、それがメインだと思って観ると肩すかしを食らうと思う(笑)
可愛らしくて気楽に楽しめる小品。
バイブの云々と言う割には下品さは無く、でもクスッと笑える下ネタはあります。

バイブの誕生の原因が当時のイギリス(1890年、ビクトリア王朝時代)で、婦人科として扱われる医療分野だった事にはちょっとビックリしました。
と言うのも原因が「ヒステリー」と呼ばれた女性特有の病気だからと言う物らしく、ヒステリーって言葉はよく聞きますが、
なんで女性にだけ「ヒステリー」と言う単語が使用されるのか、果たしてヒステリーとは病気なの?と言うのがテーマですかね。

エンドロールの方にも出てきますけど、ヒステリーは精神医学的には使用されない言葉になってます。
しかし、この当時の医療は間違えだらけ。
今でこそ手洗い励行、細菌殺菌が当たり前だけど、この時代では細菌の存在を唱えただけで若き医師モーティマー(ヒュー・ダンシー)は勤めていた病院をクビ。
そんな当時の西洋医学の間違いをオープニングから意識的に見せてます。

当時のイギリス(と言うかイギリスだけでなく世界的に)で広がりつつあった女性の不満。
女は家庭に収まってこそ、とかそういうじわじわした不満は、社会が発展すれば芽生えてくるもの。
それをなんでもかんでも「ヒステリー」と言う言葉で片付け、都合の悪いものは「病気」の烙印を押し、精神病院送りにする国の制度。
最期の方の裁判シーンで、ヒロイン役のマギーに下されそうになる刑罰には物語りが可愛いだけに、ちょっとビックリ・・・と言うかゾッとした。
「時計仕掛けのオレンジ」に近いかも。

と書くとシリアスで重々しい映画なのかと言えば、見やすい軽やかな映画です。
少々「?」って部分はありますけど。(マギーとヒュー・ダンシーの関係が近付く部分とか)

美術や衣装がまた可愛い。
診療所のインテリアは、螺鈿細工の黒い机や花柄の壁紙、食器類など目を惹きます。
マギー・ギレンホールのブルーストライプのブラウスも、ハキハキした彼女の役柄にとっても合ってる。
腰が凄く細くて枝みたいな体型なので、少年がスカートを履いてるみたいで素敵。
ヒュー・ダンシーも真面目で真っ直ぐな青年役でキュートだし、ちょっと風変わりな友人役のルパート・エベレットとか脇役もそれぞれ味があります。
そんなルパート・エベレットがマギー・ギレンホールを評する言葉「まるで爆竹みたいな女性だ」コレがなんだかピッタリあってて好きです。

| 映画*H | 20:07 | comments(0) | - |
ホーリー・モーターズ/Holy Motors フランス・ドイツ2012
ホーリー・モーターズ/Holy Motors フランス・ドイツ2012
ドニ・ラヴァン
エディット・スコブ
エヴァ・メンデス
カイリー・ミノーグ
ミシェル・ピコリ
レオス・カラックス

監督・脚本:レオス・カラックス


こちらも話の内容や前評判は全く知らずに観に行きました。
「汚れた血」「ポーラX」はかなり昔に観ましたが、印象的な映画。
特に10代の時に観た「汚れた血」は結構、影響を受けたと思います。
内容はあまり覚えてないんですが・・・
しかし新作から13年振りだったとは。



で、本作。
正直話の意味はよくわかりませんが(笑)面白かったです。
ジャンル的にはSFになるのかな、と思います。


オープニングは本作の監督、レオス・カラックスがドアをあけるとモノクロの古い活動劇画みたいなのが流れてていて、観衆たちの後ろから見ている。
そんな映像からスタート。
そして主人公オスカー演じるドニ・ラヴァンが白いリムジンに乗り込み、パリを走り回ります。
「アポ」と呼ばれる仕事によってウィッグを被り、変装し、11役を劇中で演じてます。
銀行員から物乞い、怪人、瀕死の老人、娘を持つ父親、殺したり、殺されたり、殺された人間になったり・・・あらゆるパーソナルを演じ、一体この男は何者なのか不明。
演じている男オスカー(ドニ・ラヴァン)もその境界が曖昧になってきているのか、ややお疲れ気味。
そこへミシェル・ピコリ演じる上司(一体何の?)が「君が最近疲れてるみたで、上役が不満だ」と言っております。
なんだかよくわからないけど、この映画も身体性の映画だなぁ・・・

本作ではドニ・ラヴァンの特異な身体性が大いに発揮されております。
そしてこの男、オスカー(ドニ・ラヴァン)の本当の姿は何なのかわからないまま終わります。

主役のドニ・ラヴァンの素晴らしい身体の動き、脱いだら凄いんです状態(結構年齢いってますよね…「汚れた血」の時は若かったけれど)、
身体だけじゃなく、オスカーが演技をしてる時の演技(ややこしい)やら、『元恋人』であるジーン(カイリー・ミノーグ)との切ない演技も良かった。


演じる事、観られる事。
そして私は誰?
まるで誰かの人生を覗いてるかのような錯覚。
そんな雰囲気が全編に漂ってます。

話の詳細はわからないけど、ビジュアルは素敵だし、リズムもあるのでただただその不可解な世界に引き込まれ、
まるで覗き見をするかのように心地いい流れに乗って観るだけです。
アコーデオンの大合奏シーンは映像と音楽が一体となってうねり、気持ちいい。



オスカーの昔の恋人を演じるカイリー・ミノーグ、往年のハリウッドメロドラマの女優みたいだった。
役名も『ジーン』・・・なんか郷愁をそそられるクラシカルな名前。
歌うシーンもあるので、ますますそれっぽい雰囲気。
(ただ、私はあまりこの歌はピンとこなかったんだけど)

相変わらずセーヌ川の夜景は綺麗だし、白いリムジンがグリーンのネオンカラーの建物に入って行く姿も謎めいてかつ稚気な雰囲気があって面白い。

謎めいたモデル役のエヴァ・メンデスきれいだった!
完璧な美貌とプロポーション!
そして作り物めいたプラクティカルな雰囲気が映画にあってて素敵。



運転手役のエディット・スコブは「顔のない眼」の主役らしく、この映画も観たい!





| 映画*H | 20:03 | comments(0) | - |
ブッダ・マウンテン〜希望と祈りの旅〜/Buddha Mountain 観音山 2010中国
ブッダ・マウンテン〜希望と祈りの旅〜/Buddha Mountain 観音山 2010中国
范冰冰/ファン・ビンビン
陳柏霖/チェン・ボーリン
張艾嘉/シルヴィア・チャン
肥龍/フェイ・ロン
ジン・ジン

監督:李玉/リー・ユー


大学進学を拒否し、親との関係が険悪になった3人の若者たち。
ベテラン京劇女優の家を間借りして共同生活を始めるが、気難しい大家に怒られてばかり。
やがて、3人は彼女の過去を知る。
未熟さゆえに揺らぐ若者と、悲しみを背負う大人の心情を丁寧に描いた秀作。
2010年の東京国際映画祭で最優秀女優賞(ファン・ビンビン)ほか受賞。
(第8回大阪アジアン映画祭サイトから)






これの前に観た「恋の紫煙2」が伸びてしまって、冒頭15分は見逃してしまいました。
香港映画はよく観る様になりましたが、中国映画は本数的に未見が多くどういう傾向にあるのかよく理解しておりません。
しかし香港映画界の重鎮、ジョニー・トー監督が初めて中国で撮ったとされる「毒戦」は表現や内容に関する規制が多く、思う様に撮影出来なかったとインタビューで応えてます。
監督の言葉からも分かる様に、中国映画は香港映画に比べてかなり表現規制を映画でも課せられている様です。

そう言えば私が香港映画を見始める切っ掛けを与えたのが、「スプリング・フィーバー」であり(この映画は中国映画)監督は前作で政府の怒りに触れて今後の活動を禁止されながらも、隠れて撮影を敢行したと言うのを思い出しました。

この映画「ブッダ・マウンテン」は「スプリング・フィーバー」の影響を少なからず受けている印象を受けました。
カラオケで歌うシーンとか、印象的に差し込まれる3人が四川の奥地へ貨物列車に乗ってトンネルをくぐっていく疾走感ある映像とか。
まぁカラオケで歌うシーンは「恋の紫煙2」でも出てくるので、それだけ中国でカラオケは無くてはならない若者文化になった事なのかもしれませんが。

この映画では、変わりゆく成長期の中国の姿が垣間見えます。
田舎から出てきて、都会でアルバイトをしながらも生活する3人の若者。
都会と言っても開発途中で、古びた家を住人の反対を無視して土地改革をしようとする業者や、四川大地震によって破壊された中国奥地の長閑な風景のギャップ。
まさに変わりゆく過渡期であり、これからもどんどん変容して行く姿をカメラに納めたかったのかな、と言う印象を受けました。

土地や風景が変わって行くのと一緒に、人のあり方や生活様式も変わります。
3人を通して今までの中国の若者とは異なる文化を持つ、変わり行く彼らの姿が伺い見る事ができます。
そんな3人も親は旧態依然とした、いかにも容易に想像できそうな中国の地方にいそうな人達であり、その姿に彼らは苛立ちを隠せない。


映画後半は、四川大地震よって破壊された奥地にある寺の改修を3人と大家である張艾嘉/シルヴィア・チャンが施して行きます。
観音山とはその寺が建つ山の名称ですが、河や霧深い山々の風景に私は日本人でありながら子どもの頃に見てきた親の実家に似ていて懐かしいと思いました。
しかしこの郷愁を思い起こさせる風景も、おそらく開発によって少しずつ変容していくんだろうな、と言うのを感じさせられます。


歳を取ると変化や変容についていけなくようるに、張艾嘉/シルヴィア・チャンはそういう人間の代表のようにこの映画に登場します。
息子を亡くした哀しみからなかなか抜け出れなくなった彼女は、ぶつかり合いながらも3人の若者と心を通わせる様になります。
それは変容ではあるけれど、彼女は劇中で若者3人と過ごす時間を「幸せすぎて怖い」みたいな台詞を言います。この幸せが永遠に続けばいいのにと当たり前ですが望みます。
しかし変わらない物なんてどこにもないし、時代や社会が変容していけば人も変わります。
その事を彼女も充分理解していると思います。
現代劇でありながらどこかキン・フーの映画のようにゆったりとした自然と、その自然の中で包まれて生きる人間の姿を墨彩画の様に描いた映像は印象的です。


主演の范冰冰/ファン・ビンビンと李玉/リー・ユー監督。 1973年生まれと若いです。 
范冰冰/ファン・ビンビンとは「二次曝光」「ロスト・イン・北京/苹果」と何度も タッグ
を組んでおります。


| 映画*H | 20:03 | comments(0) | - |
ベルトルッチの分身/Partner 1968イタリア
ピエール・クレマンティ
ティナ・オーモン
ステファニア・サンドレッリ
セルジョ・トファーノ
ジュリオ・チェーザレ・カステッロ

原作:フョードル・ドストエフスキー
監督・脚本:ベルナルド・ベルトルッチ




twitterから


ピエール・クレマンティはベン・ウィショーとアラン・ドロンを混ぜた感じですね

リマスタリングされてるのか、映像がクリアできれい。 
美術が色彩設計が素晴らしい。

明白に理解はできないけど、瑞々しくも官能的で背徳的。 
何度も挿入される「ベトナムに自由を」のスローガンポスター。
色はトリコロールカラーだったかしら…赤とブルーなのは覚えてる

| 映画*H | 20:00 | comments(0) | - |
東ベルリンから来た女/2012 ドイツ Barbara

東ベルリンから来た女/2012 ドイツ Barbara
ニーナ・ボス
ロナルト・ツェアフェルト
ヤスナ・フリッツィー・バウアー
マルク・ヴァシュケ
ライナー・ボック

監督:クリスティアン・ペッツォルト

ベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞
第85回アカデミー賞外国語映画賞(ドイツ代表選出)


【Story】
ベルリンの壁崩壊の9年前―1980年夏、旧東ドイツ。
田舎町の病院にひとりの美しい女医がやって来た。
彼女の名はバルバラ。
かつては大病院に勤務していたが、西側への移住申請を政府に撥ねつけられ、この地に左遷されてきたのだ。秘密警察<シュタージ>の監視付きで。
新しい病院の同僚アンドレから寄せられるさりげない優しさにもシュタージへの“密告”ではないかと猜疑心が拭いきれない。
西ベルリンに暮らす恋人ヨルクとの秘密の逢瀬や、自由を奪われた毎日に神経がすり減っていく。
そんなバルバラの心の支えとなるのは患者への献身と、医者としてのプライドだ。
それと同時に、アンドレの誠実な医師としての姿に、尊敬の念を越えた感情を抱き始める。しかしヨルクの手引きによる西側への“脱出”の日は、刻々と近づいていた――。
(Bunkamura ル・シネマ作品紹介から)




この映画を観るちょっと前に、同じドイツ監督のライナー・ヴェルナー・ファスビンダーのドイツ3部作「ローラ」を観ました。


作風的には全く違うし、時代設定も違う(「ローラ」は戦後、「東ベルリンから来た女」は1980年代のベルリンの壁崩壊前)んですが、「時代の変節」を捉えてる部分では少し似た部分を感じました。
時代から「人間」と言う物を描こうとする姿が。
ただアプローチの仕方や表現方法は全く異なるのですが。

「ローラ」はヒロインの名前、「東ベルリンから来た女」の原題は「Barbara」でバルバラとはヒロインの名前。
そういう部分でも似てるイメージを持ったのかもしれません。





私は大雑把な部分でしかドイツの時代背景は知らないので、少し、映画を観ていて分かりづらい部分がありました。
ヒロインは医者ですが、小児科医だった事にも気付けなかったりと・・・


監督は全く饒舌じゃありません。
台詞がかなり少ないですね。
それと、音楽が殆ど無いです
(ただそれ故に、エンドクレジットで流れる、おおよそ映画の雰囲気とエンディングから外れてる様に思わせて、曲の内容はドンピシャなCHICの「At last I am free」が効いてくる)


恋人のいる西側へ渡りたいのに、政府によって阻止され、大病院から施設設備も辺鄙な病院へと左遷されるヒロイン。
それだけならいざ知らず、秘密警察によって勝手に部屋を荒らされ、屈辱的な人間性を踏みにじる様な身体検査を受けます。
この検査自体、権力を行使してあの様な非人間的な行為(ピチッとしたビニール手袋を嵌める、秘密警察の手の映像・・・)をする事によって、その人の人間性を踏みにじり、じわじわと精神的に屈伏され、追い込んでいく。
それでもなんとか、患者である子どもたちに優しく微笑み、処置し、人間性を保とうとするヒロインの姿を淡々と描きます。



意味深に現れる、十字架。
この十字架の下に、大切な物をヒロインは隠します。





「画」の作り方がとても絵画的です。
映像的、と言うよりも絵画的。
特にラストの海辺のシーンは、何かこういう絵画があった様な気にさせます。
そしてやっぱりこのシーンも意味深なんですよね。
強風吹き荒れる中、漂う小舟、ゴツゴツとした岩、待つ女、そして女に寄り添う少女―――





淡々と描くので、エンディングも「えっ?」となって終わりました。
ある意味、ヒロインは「決断」を下した訳ですが、淡々と描くのでドラマティックではないにしても、「ああ、そういう事か。」となりました。
彼女の選択は、彼女の人格、職業を考えれば当然なのかもしれない。


ヒロインは酷い状況に置かれ、疑心暗鬼にならざるを得ない為、常に斜に構えた様な態度と冷たい表情を浮かべてます。
しかし、患者である子どもたちを前にすると、その冷たい表情は溶け、やわらかな表情と眼差しに変わり、彼らに寄り添い、抱きしめ、本を読んであげます。
本当は「そういう女性」なのだと分かりますし、はぎ取られた人間性を回復させるのはやはり、対人間なのだと思います。
彼女も傷つき、患者である子どもたちも強制労働から脱走を繰り返したり、自殺未遂をしたりと、秘密警察がいる様な社会で傷ついるのだから。


恋人との密会での、うっとしとした甘い表情も美しかったです。
冷たい仮面から、やわらかな表情へと変化させる、ヒロインを演じたニーナ・ボスに見惚れます。


シンプルなファッションながら、とても女らしい、それでいてラフなファッションも彼女ならではだと思います。
すこしほつれ、乱れたブロンドの髪。
まるで仮面の様な、キツい印象を与える事によって、自己防衛してたかの様な濃いアイシャドー。
細くてスラリとしたふくらはぎと、どんな時もヒールのついたシューズを履いてる姿。
そして自転車を漕ぐ姿がこんなに美しいとはね。



この話はラブストーリーなのかな。
ヒロインと関わりになる、新しい病院の同僚男性の姿は控えめながら、彼女の中で存在感を増していたのだと思います。
ただ、私はちょっとこの2人の関係性の変化が少し読み取れなかった。
医者としてのヒロインと、恋人がいながら、同僚の男性と少し歩み寄るヒロイン。
この二つがちょっと分離していると言うか、どっちかの比重に重きをおいてくれたら、良かったのかな。


この同僚男性医師とは、本当にプラトニックな関係であり、そこに「恋愛」的な部分があったのかは私にはわかりづらかった。
それはプラトニックだから、と言う意味ではなくて。
同僚男性はヒロインの事を好きなのだと思う。
だけど、その愛情の示し方がとても控えめなのは、彼女が秘密警察によって酷い仕打ちを受けているのを知っているからだと思われる。
でもそういう細やかな部分がヒロインの心を開かせたのだと思う。
だから、最期の決断がアレなのかな・・・






バルバラ役のニーナ・ボス。




| 映画*H | 23:06 | comments(0) | - |
ブラッド・ウェポン/逆戦 The Viral Factor 2012香港
ブラッド・ウェポン/逆戦 The Viral Factor 2012香港
謝霆鋒/ニコラス・ ツェー
周杰倫/ジェイ・チョウ
林鵬/リン・ポン
白冰/バイ・ビン
安志杰/アンディ・オン
廖啟智/リウ・カイチー
姜皓文/パトリック・キョン
金燕玲/エレイン・ジン

原作:梁鳳英/キャンディー・レオン
動作設計:錢嘉樂/チン・ガーロッ
製作:英皇電影/エンペラー・モーション・ピクチャーズ
監督:林超賢/ダンテ・ラム



【ストーリー概要】
巨大犯罪組織が企むウィルス・テロを追う国際警察のジョン(ジェイ・チョウ)。
組織がテロ実行犯として選んだのは、幼い頃生き別れた実の兄ヨウ(ニコラス・ツェー)だった。
追跡と逃亡の果てに敵同士として出会い、銃口を向け合う兄と弟。緊迫した攻防の渦中に発覚する国際警察の不正、テロ組織の裏切り。
彼らが戦うべき真の敵とはいったい誰なのか?
絶体絶命の状況下、二人は善悪がカオスと化した最後の戦いへと突き進んで行く―。
(公式サイトから)


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| 映画*H | 17:32 | comments(0) | - |
果てなき路/Road to Nowhere 米2011
果てなき路/Road to Nowhere 米2011
シャニン・ソサモン
タイ・ルニャン
ウェイロン・ペイン
クリフ・デ・ヤング
ドミニク・スウェイン

監督:モンテ・ヘルマン


うつらうつらしながらもそれは夢なのか幻影なのか、そんなオフビートな感覚と妙な緊張感を孕んでいる。
なのに柔らかでストレース過ぎる程のラブストーリー。
結局主人公である映画監督の言う通り真実なんてどうでもいい。
ただ彼女の存在だけが唯一で、指先に触れる感覚だけが全て。
そんな「陶酔する感覚」だけをカメラに閉じ込めた映画だった。
ヒロイン役のシャニン・ソサモンは何本かの映画で、その個性的でどこか場違いな(それこそヘルマン自身が言う『ハリウッドスタイル=飼い馴らされた』にそぐわない様な)佇まいで印象に残ってたけど、この映画ではハマり役。
主人公の映画監督を惑わせる謎めいたヒロイン、ヴェルマ(名前の響きがいい)&ローレルこそがヘルマン監督にとって『映画』そのもの。
永遠に誘惑して、ほどけない謎。
主人公の映画監督役の人、バンドやってるせいか声がいいですね。
そしてヒロイン役のシャニン・ソサモンも囁く様なウィスパーボイスでファム・ファタル度を上げている。

DVDにて鑑賞
| 映画*H | 18:47 | comments(0) | - |